細胞内で脂質を作って運ぶタンパク質を探索しています。脂質は、外界から取り込まれた分子をもとに小胞体やゴルジ体で作られ、ミトコンドリアなどに運ばれます。オルガネラ(細胞内小器官)で脂質の合成や輸送を決めるタンパク質の実体について、これまでヒトの遺伝子2万種類を1つひとつ調べる方法しかありませんでした。そこで、効率的な探索方法を提案しました。クリックケミストリーを使い脂質に“タグ”をつけます。このタグづけしたアジド脂質をオルガネラ毎に蛍光ラベルをつけると、脂質の量を見分けることができます。そこで脂質の量が変わった異常な細胞を見つけ、一度にスクリーニングをかけ、原因となる遺伝子を同定しました。
タンパク質を中心とする多くの研究がある中、代謝産物である脂質に関心をもちました。
オルガネラは脂質の膜で覆われており、大腸菌などの原核生物にはなく、酵母やヒトなど高度な真核生物にのみあります。そして脂質が、食べ物など外から来た物質からどのようにつくられるのかはわかっていません。また、脂質は移動しながら、集合したり、離れたり、膜の構造を決めたり、タンパク質の背後で機能を支えます。さらに膜タンパク質は、脂質に覆われてはじめて機能が発揮されます。脂質は、小さいが最終的な細胞の機能発現にかかわる分子であり、脂質調節タンパク質は、細胞の健康状態を決めたり疾患につながったりします。
今までの研究は、DNAからタンパク質に至るセントラルドグマを中心に発展してきました。しかし脂質は、タンパク質の複雑なネットワークなどに基づいて量や配置が調整され、遺伝子情報だけでは分かりません。脂質について解明されれば、遺伝子解析では分からなかった研究に踏み込むことができます。
例えば、細胞現象と脂質の動態の関連は指摘されながら、脂質の取扱いが難しいため大規模分析に手間取っていたドラッグスクリーニングの評価方法を改善することができます。また生きた動物にクリックケミストリーの手法でタグづけした脂質をとりこませて、血液細胞から異常の診断を可能にすることもできるかもしれません。
この研究分野は、仕事の内容が広いと思います。分子にラベリングするのは有機化学の分野でもあり、また今後は動物レベルでの実験も可能になります。有機分野の方や、動物個体を相手に生理学的な研究をしている方とも一緒にできたら嬉しいです。また、2万の遺伝子のスクリーニングからは情報量が多い結果が出るため、情報工学など情報処理に長けている方の知見も力になります。さらに、この研究の成果は、スクリーニングのための精密機器の開発に応用できる可能性もあります。