有機合成化学の分野で、とくにカルボニル化合物の還元をテーマに、新しい反応を開発することを目指しています。
エステルやアミドを還元してアルコールやアミンにする反応は、有機合成の基本的な反応の一つです。一方、これらは還元されにくいことから、高反応性で取り扱いが難しい金属還元剤を必要とするという課題があります。そこで、光触媒を用いて、光のエネルギーを利用した反応を開発できないかと考えました。
アルデヒド・ケトンの光還元に比べて、エステルやアミドの光還元は、その還元されにくさから、難しいと思われていました。本研究では、単純な有機化合物であり、貴金属を含まずとも、それらに匹敵するような強い還元力をもっているN-BAPという新しい化合物を合成し、エステルを還元することに成功しました。
カルボニル化合物の反応性は、大学の教科書でもはじめの方に掲載されています。例えばグリニャール反応やアルドール反応など有機合成の著名な反応も、カルボニル化合物が関わっています。カルボニル化合物は、電子対を受け取る求電子的な試薬であり、電子対を与える求核剤と反応するということが定説です。この基本的な反応形式を変えたいと思ったことが研究を始めたきっかけです。そこで、逆の反応性を開拓するために、カルボニル化合物を求核的にするということを考えました。
もともとは、アルデヒドやケトンを求核的に変換する光反応を研究していました。その過程で、イリジウムを光触媒として、ベンゾイミダゾリン(DMBI)が電子源として使えることを発見しました。このDMBIのラジカル種は強い還元力をもちますが、可視光を吸収しないので触媒としては使えません。そこで、このDMBIを改良することで、新たな光触媒を開発できるのではないかと考え、試行錯誤した結果、生まれたのがN-BAPです。
エステル還元は著名な反応ですが、実は簡単な反応ではありません。光エネルギーを使い、カルボニル化合物の反応のプロセスを改良することにより、この反応にかかる手間が減り、より実用的になることが期待されます。また、カルボニル化合物というのは、有機化合物の中心ともいえるような広く存在する化合物であり、その反応であるエステル還元なども、医薬品や農薬など、様々なものづくりに必要不可欠な反応です。有機合成の主目的は、簡単な化合物から、いかに環境にやさしく、コストを抑えて複雑なものを合成するかであると考えており、そのような観点から新しい反応を開拓し、貢献したいと考えています。
さらに、N-BAPという分子の可能性は、触媒だけではないと考えています。たとえば、電子材料などエレクトロニクスの分野でも使えるかもしれません。N-BAPを通して、持続可能性の高い光反応を実現することで、アルコールへの還元のみならず、様々な反応に展開することを目指して研究を進めています。
私たちは、有機合成化学の観点からN-BAPという新しい化合物の展開をしています。しかし、電子材料など、合成以外の可能性もあると考えています。ぜひ、他分野の方々にも、N-BAPの構造や還元力などの特性に注目していただき、コラボレーションができれば嬉しく思います。