有機化学・化学生物学・分析化学を組み合わせて、生きた動物の脳の状態を可視化することを目指して研究をしています。
脳内のタンパク質を化学的にラベルする手法を開発し、パルスチェイス標識によって、生後発達段階のマウスの脳内で、神経伝達に関わるAMPA受容体がどのような動きをしているのか可視化しました。それにより、発達の過程で、一度あるシナプスで使われたAMPA受容体が移動して、別のシナプスで再び使われるという現象を明らかにしました。さらに、シナプス形成に関与する酵素MMP-9の働きを、AMPA受容体の周囲10 nmという極めて近接した領域で可視化することにも成功しました。これは、生きた動物の脳内でのMMP-9活性を直接捉えた世界初の例です。
これまで、生きている脳の状態を調べるために、様々なアプローチが試みられてきましたが、未解明な点が依然として多く残されています。この新しい方法によって、生きている脳の中で、神経伝達物質受容体の動きや周囲の状態をより詳細に追えるようになれば、脳機能の理解に向けた重要な手がかりが得られると期待されます。
生命や生体はさまざまな分子が複雑に組み合わさって成り立っています。私の研究の大きな関心は、こうした分子が身体の中でどのように動き、どのように機能しているのかを明らかにすることです。以前は、脳以外の臓器を対象とし、癌などの研究をしていました。分子を利用したセンサーを作り、例えば癌の内部でどのような酵素の働きが盛んなのかなどをMRI によって可視化する手法の開発に取り組んでいました。実は、脳についてはすでに多くの研究者が参入している分野であったため、私は対象にするつもりはありませんでした。しかし参加したプロジェクトが脳をテーマにしており、実際に取り組んでみたら非常に面白く、研究を続けることにしました。
生命科学分野では、かつては細胞を取り出してきたものを対象に研究がされてきましたが、現在は、生きている動物の体内で分子がどのように振る舞うかを観察できるようになってきました。私は、身体全体を理解するためのツールや技術を一つひとつ作りあげていくことで、生命科学に貢献していきたいと考えています。
私のアプローチは、新しい化学分子をつくり出し、生体機能を可視化する手法を開発するというものです。化学分子は、デザイン次第で様々な機能を持たせることができ、従来の生物学を中心とした手法とは異なる角度から、未解明な生体機能に迫れるのではないかと考えています。化学の力を使うからこそ見えてくるものがある―その可能性がさらに広がっていくことを期待しています。
私たちは境界領域で研究を進めています。化学を中心としながら、生物学や医学などにおいて、どのようなニーズがあるかなど、それらの知見を取り込むことが欠かせません。
京都大学では工学部が桂キャンパスに位置していますが、他学部の先生方と自然に意見交換できる機会は多くありません。学内でも、私たちがどのようなツールを持ち、どんな研究が可能なのかを他分野の先生方に伝えられるような、研究者同士の交流が深まる仕組みがあれば嬉しく思います。