建築の生産や構法の営みを、歴史と実践から捉える研究をしています。例えば19世紀英国で第一回万国博覧会場となったクリスタルパレスなど歴史的建築物の図面史料を読み込むことで、歴史に名が残る一人の天才的設計者だけでなく、それを可能にした当時の技術状況や周囲の協力者たちの存在を明らかにしています。また現代における実践では、CLT(Cross Laminated Timber)等の新しい木質材料を使った建築のデザインを通して、材料調達から廃棄までが循環する建築の在り方を提案するとともに、室内環境を実測してCLTの物性を調べたり、世界の木造建築とその設計者を取材することで、木で建築をつくることの普遍的な価値を見出そうとしています。
もともと新しい技術と建築表現の関係に興味があり、大学院では19世紀英国で鉄が建築に使われ始めたばかりの頃の、現代の目で振り返るとおかしい、でもだからこそ当時の試行錯誤を生々しく感じられるような、失われた建築技術の研究をしていました。19世紀は専門技能の確立とともに建築をつくるうえでも分業が進んだ時代ですが、その過渡期には、越境者たちの活発な協働がありました。これは現代でも先端的な領域では起こっていることで、200年前も同じだったのだと勇気づけられました。現代においては木という材料が、200年前の鉄のような協働の媒介物になると思っています。
木材など小さな生活圏のなかで手に入る資源を使い自らの居住環境をつくることは、もともと身近な生活行為の一部だったはずですが、複雑化する現代社会の要求条件を満たすために分業化が進み、今では建築をつくる上で多くのブラックボックスがあります。建築学の枠組みを広げ異分野と協働し、歴史を現在からも参照することで、狭義の建築が開かれ、誰もが自分がいる街や建物に対し「我がこと」として参画できる様になれればと思います。
もともと建築用語である「キーストーン(要石)」という言葉が、個体数は少ないが生態系へ大きな影響を与える生物種を指す用語「キーストーン種」として生態学で援用されたのち、都市の多様性を言い表す概念として再び建築に逆輸入されているという話を最近聞きました。このように、ものの組み立てや成り立ちを視覚的・構築的に表現できる建築学的思考と、他の学問領域とが、対話し相互に刺激し合える環境をもっと増やしていきたいです。