「臓器チップ」を開発し、医薬候補品の安全性などを評価する基盤技術の開発を進めています。とく注力しているのが、「異なる臓器をつなげて体内の複雑な仕組みを再現して現象を理解すること」です。例えば、肝臓と心臓の細胞を1つのチップに培養し、ポンプを集積して血液循環を模倣したシステムを構築しました。ここに抗がん剤を流すと、肝臓の抗がん剤代謝物が心臓への毒性を実証することに世界で初めて成功しました。ほかに小腸と肝臓の相互作用による肝疾患の原因解明の研究や、また、臓器チップにセンサを埋め込み、リアルタイムかつ非侵襲的に薬剤に反応した細胞の様子を計測することにも挑戦しています。
「マイクロ流体デバイス」と呼ばれる小さなチップの中で身体の仕組みが再現できる臓器チップの面白さにひかれました。もともと「小さなものをつくる」研究をしてきましたが、これまでの知識や技術を応用できると考えました。動物実験は、生体との関連性は高いが実験効率は低い。一方で培養皿での実験は、生体との関連性は低いが実験効率は高いという特徴があります。この双方の“良いとこどり”をできるのが臓器チップです。また動物実験は、動物とヒトの種差の問題があり、また動物愛護の観点から減らしていく必要があるため、臓器チップが注目されています。
医薬品の開発には膨大な時間とお金がかかっています。臓器チップは、効率的に薬や化合物の試験や研究を進めることができます。また生体外で生体システムを再現すれば、実際に人体ではできないような試験も可能になります。
さらに、臓器チップにセンサを埋め込んで細胞の状態を計測することは、検査結果の信頼性の向上につながります。例えば、細胞単層の電気抵抗を測定する経上皮電気抵抗(TEER)は、細胞膜の健全性や薬剤透過性の指標となります。様々な臓器チップが開発されている今、統一した基準で測定結果を議論する必要があり、「細胞」と「電気・機械」の融合が極めて重要といえます。
現在、工学分野と細胞を扱う分野の方々と研究を進めていますが、さらに色々な方に参加していただき、学際的に進めたいと思います。例えば薬学や医学の方々の参加があれば、臓器チップの中で起こっている現象をより詳細に理解できるようになります。また、取得した遺伝子発現パターンなどを機械学習でデータ分析することで、組織機能の研究が進むことが期待できます。さらに、より積極的な臓器チップへの理解があると、薬剤開発へのさらなる活用が進み、発展へとつながることも期待します。