高齢化率が上がり続けていく日本社会において、これからの交通政策の課題は、高齢者の交通行動の在り方を考えることです。高齢者の運転による交通事故のリスクはこれまで様々に指摘されていましたが、マイカーに依存した高齢者は、運転免許の返納後の生活に支障をきたすことも明らかにされています。そこで、公共交通の整備といった環境面だけでなく、高齢者の心理面にも着目して、高齢者の交通行動の変容を促す情報提供のあり方について研究をしています。研究では、免許返納による健康リスクをあえて提示することを通じて、返納前からの交通行動変容の重要性を伝える情報提供を行い、その効果を検証しました。この研究で作成した情報をもとに国土交通省北海道開発局と連携して冊子を作成し、各地域で普及を進めています。
昨今、高齢者の事故報道に対して、「高齢者は運転免許を返納すべき」という過激なコメントが多く問題に思っていました。こうした問題意識をもって調べてみると、免許返納後に健康リスクが高まるという指摘がされている既往研究に行き当たりました。高齢者にとって、免許返納するかしないかの選択は、まさに健康リスクを受け入れるか、交通事故リスクを受け入れるかの選択であり、高齢者はどちらかのリスクを選ばなければならないジレンマ状況にあることを知り、こうしたジレンマを解消するための研究が必要であると考えました。様々な知見を総合して考えてみると、マイカーに依存している高齢者はこのジレンマに陥りやすいことに気付いたため、この問題構造を高齢者に伝えて、交通行動の変容を促す研究が必要であると考えました。
この研究の目的は、もちろん高齢者の行動を変えることですが、それだけでなく国の政策の在り方を変えることにもあります。現在行われている政策のほとんどは、免許を返納させることを目的としているため、運転免許を返納した高齢者に対して、公共交通のチケットを配布するなど、返納に対するインセンティブを与えるものとなっています。しかし、マイカーに依存していた高齢者は、免許返納後に公共交通を使いこなせず外出機会が減少してしまいます。高齢者の交通行動に対する政策として、大切なことは、運転免許を返納させることではなく、返納前の早い段階から、公共交通などの多様な交通手段に慣れておいてもらうことであると考えています。こうした政策の転換を促すことも大きな目的として、研究を行っています。
人々が短期的・私的な目線でものごとを考えていると、車に依存しやすいと考えます。一人ひとりが、長期的で社会的な視野をもてば、おそらくそれぞれの交通行動も変わり、コミュニティも、社会のあり方も変わるのではないでしょうか。そういう視点をもつ人が増えれば、この研究も理解していただけると思うと同時に、この研究で作成した情報が、長期的社会的な視点を持つ人を増やすことに繋がるのではないかと考えています。利己的な視点から、利他的な視点のもてる社会をつくることに貢献することを目指して様々に研究を進めています。研究には、実際の地域を知ることが必要です。現在、自分自身も自治会の役を引き受けるなど、地域コミュニティの中に入り、研究の協力者を探すことも含めて、自分の生活と研究をつなげることを心掛けています。そのように地域の中に根差して暮らしていると、研究の課題も見えてくるのです。