生体内への環境中微粒子の曝露がタンパク質などの生体分子の発現に与える影響を研究しています。一例として、PM2.5や酸化チタンなどの環境中微粒子が、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)の感染に関与するタンパク質に与える影響について評価しています。また、先端医療の分野で近年注目されている「エクソソーム」についても研究しています。エクソソームとは、体液中を循環しながらタンパク質などの分子を輸送することで生体システムを制御しているナノ構造体です。そこで、環境中微粒子が引き起こす疾患におけるエクソソームの関与を明らかにするため、培養細胞や実験動物への環境中微粒子の曝露時に放出されるエクソソームの物性やタンパク質発現の変化を網羅的に解析しようと考えています。
もともとエクソソームを用いたドラッグデリバリーなどの研究をしてから、環境衛生の分野にうつりました。巨視的な大気汚染という現象と、環境中微粒子が体内で疾患を誘発するマイクロの世界、そこに軸を通してみるために、自分の専門にしてきたエクソソームに可能性があることに気づきました。体内をぐるぐる回っているエクソソームは、様々な疾患の誘発に関わっていると言われています。エクソソームに着目すれば、上流から下流までの生体応答に関わっている分子を特定できるため、疾患誘発の分子メカニズムの解明が可能になると考えました。
環境衛生の分野では、「ある環境汚染物質を浴びた際に特定の疾患を誘発する危険がある」という研究は盛んですが、その先のメカニズムの解明はあまりできていません。もし、エクソソームに着目して、環境中微粒子が誘発するタンパク質の発現の変化を見ることで疾患メカニズムの解明ができれば、疾患の予防、診断から治療や創薬にもつながるかもしれません。都市化が進んだ現代の生活の中で、環境中微粒子を吸い込むことを避けるのはなかなか困難です。メカニズムの同定によって医療の可能性が開けることは重要と考えています。
異分野の研究者とのつながりが非常に大切だと考えています。疾患誘発の詳細なメカニズムを解明するためには、環境医学や生物学の知見だけでなく、オミクス解析などの分析学的知見や、顕微鏡などのセンシング装置・技術の開発といった、様々な角度からの視点が必要です。環境衛生の業界全体として、様々な分野の研究者が合流することで新たな知見が得られることを期待しています。
謝辞
本研究は、JST-CREST(JPMJCR19H3)の支援を受けたものです。また、都市環境工学専攻高野裕久教授ならびに高野研究室メンバーの皆様に深く感謝申し上げます。