細胞の動きを物理学的な視点で解明し、「細胞の運動方程式」を確立するために研究を進めています。生物は、細胞の増殖としわ形成によって形を変化させます。細胞は、化学反応の結果、内部でエネルギーを発生させながら運動し、成長し、集まり、しわを形成し、器官をつくっていきます。研究では、この過程について、実験とシミュレーションを積み重ねることで共通の数理モデルを見出しました。このモデルを、脳の上皮細胞、神経管形成に用いたところ、生物実験とコンピュータ上で再現した結果の双方で、細胞の形状が一致することが確認できました。さらに、このモデルを昆虫の完全変態、カブトムシのツノ形成にも応用し検証を行いました。こうして確立した運動方程式をもとに、新しい現象の予測が可能になります。最終的には、生命の形態形成の普遍的な法則を見出し、それを工学へと応用することを目指しています。
最初は純粋な物理学を研究していました。シュレディンガー方程式が記述する量子の世界も深遠ですが、私自身はより生き生きと動く現象に強く惹かれていることに気づきました。そうした中で「もっとわかりたい」と思うものを探した結果、流体をテーマに研究を続けることにしました。その時に研究対象とした血流から、生き物に興味をもつようになったのです。ある時、細胞が移動している動画を見て、「手も足もないのに動く、これは何なのだ?」と思いました。こうして一つの細胞に出会ったことから数が増えて、今の研究に至ります。「生命とは何か?」という問いに答えたいという思いが、自分の原動力です。なぜその問いに答えたいのかと聞かれたら、それは「寂しいから」としか答えられません。一見して生命らしさを感じられないものに対して生命を感じたいという、衝動のようなものがあります。
たとえばニュートンは、惑星の運動を説明したいと考えてニュートンの運動方程式をつくりました。これが今、車の加速度やロケットの打ち上げにも応用されています。もし、細胞の運動方程式があれば、細胞の動きを制御して工学的な応用につなげることができるかもしれません。例えば、iPS細胞を使ったミニチュア臓器や細胞シートなど、生物に学んだ様々なものづくりが考えられます。一方、一番大きいのは「考え方を変える」ことでしょう。「生命とはなにか」について、数学的な見方を一つの尺度として取り入れること。そういうことができる社会に近づきます。現在の研究は、物理からアプローチした生物であって、まだ生物からアプローチした物理ではありません。生物に根差した物理を確立するには、さらに「情報」が必要だと考えています。
この研究には、「面白がってくれるファン」がいていただけると嬉しく思います。研究を進めるマインドは、私や研究室の学生がもっています。しかし、それが受け入れられないと、本当にこのまま続けてよいのだろうかと不安な気持ちになります。自分で決めて、発信して訴えていくしかないのですが、それを、お金によるサポートも含めて面白がってくれる方が一人でも多くいれば、研究の推進力になります。