気候変動への対応と脱炭素社会の実現に向けて、シミュレーションによる研究を進めています。現在、国際社会では、産業革命以前に比べて1.5℃から2.0℃に気温上昇を抑えることが目標とされています。そのためには、化石燃料の退出、再生可能エネルギーの導入、省エネと電化などエネルギー消費の変化、またCO₂削減や除去等、様々な取り組みが必要です。こうした各条件の様々なシナリオについて評価します。また物理的な側面だけでなく、マクロ経済の変化、食料価格・エネルギー価格の上昇やそれによる貧困や飢餓リスクの変化といった社会経済的な影響、生態系や大気汚染への影響といった波及効果を含めた分析を進めています。手法としては、エネルギー、農業、経済、土地利用など、主要な温室効果ガスをすべて扱える統合評価モデルと呼ばれるシミュレーションを用います。
同分野の欧米の競合チームにはない私たちのチームの特徴は、世界180か国を対象に、国ごとの所得層まで考慮しながら、飢餓や貧困の推定を可能にするといった改良を行ったことです。
これにより、社会の中でも特に所得が低く脆弱な人々が被る被害などに焦点を当てることができるようになりました。脱炭素化は社会全体を巻き込んだ変革が必要となりますが、その時にそういった社会的な弱者のことを常に考慮しながら政策運営を進めていくことの重要性を発信し続けています。
私は高校生の頃から、気候変動問題を解決するためには、人間社会や経済システムそのものを変えていかなければならないと考えていました。そのため、大学でもこうした問題に取り組める研究分野を選びました。研究を進める中で、特に大きな影響を受けたのがリーマンショック後の社会の状況です。不況のなかでも豊かな人々は比較的影響を受けにくい一方、格差が広がっていく現実を目の当たりにしました。「温暖化対策だけを優先してよいのか」「目の前の貧困を解決することが重要ではないか」という葛藤から、弱い立場の人々を蔑ろにしてはいけないと強く考えるようになりました。
その経験から、工学を専門とする研究者として、気候変動に対する研究を通じて、貧困や飢餓といった社会的課題にもアプローチしたいという思いが、現在の研究につながっています。
気候変動への対応として、例えば、大規模なバイオマス利用によってCO₂を固定しようとすると、農地が転用され、食料価格が上昇し、結果として途上国の貧困や飢餓を助長させる可能性があります。飢餓を減らすための気候変動対策が、さらなる飢餓を生むことになるのです。私たちの研究は、こうした波及効果を定量的に示すことで、公正で現実的な政策づくりに貢献することを目指しています。国際社会でも、近年は積極的な温暖化対策によって、ともすれば理想的なシナリオばかりが主張される傾向にあります。そうした国際的な交渉の場で、貧困が増大する可能性があるという私たちの研究成果がとりあげられることもありました。
また、私たちの研究では、水素を後押しする内容の論文を発表しています。そうした成果は、政策のみならず、材料工学や化学等、水素製造の技術開発を促進する根拠となり、また、電気自動車の利用等、日々のライフスタイルや意思決定に影響を及ぼし得ると考えています。
若い研究者の力が不可欠だと考えています。超学際的に進めている我々の研究には、多様な分野の専門的な知見と多くの時間が必要です。次世代を担う優秀な若手研究者が、この研究テーマに関心をもち、積極的に多く参加してくれることを期待しています。