有機触媒を用いて鏡像異性体の一方を選択的に合成する不斉合成を行っています。有機触媒は金属触媒に比べると活性が弱い触媒ですが、ゆえに複数の反応点で同時に基質を活性化させることができます。反応性の高い物質はコントロールが難しく、低温で反応速度を遅くしたり、触媒を効かせるため多量に加えたりする必要がありました。これに対し、多点で相互作用する有機触媒を設計することで、室温付近の穏和な条件下、少量の触媒量で、ワンステップで選択性の高い反応経路を開発。医薬品に多用される複素環をはじめ、種々の不斉合成を実現しています。
きっかけは、ある鏡像異性体の一方が偶然にも得られたことでした。それを検証する中で、立体制御が難しいと考えられてきた分子内ヘテロマイケル付加反応に有機触媒による多点活性化が有効であることを見出しました。さらに、この独自概念を別の反応にも展開しました。現在は医薬品の候補として重視される四置換不斉炭素を持つ分子の合成に挑んでいます。また、新しい活性部位の開発は有機触媒の可能性を広げます。そこで、今まで活性部位として利用されてこなかった官能基(炭素–炭素二重結合)に着目し、新たにTCO(トランスシクロオクテン)触媒の開発に成功しました。TCOは生体適合性が高いので、生体分子変換にも応用したいです。
医薬・農薬など生理活性物質への応用が期待されます。鏡像異性体の一方が薬に、もう一方は毒になることもあるように、その作り分け(選択性)は極めて重要です。これまでに、複素環化合物の他にも、結合軸の回転によって立体配置が変わる軸不斉化合物や、代表的な医薬化合物の1,5-ベンゾチアゼピンなどを従来よりも効率的に合成することに成功しています。既存の薬をより安く作れれば、より多くの人に届けることができます。また、今まで不可能だった不斉合成を実現することで、新たな医薬品などの創出に貢献していきたいです。
一つは、まだ実現できていない反応を可能にするため、触媒活性部位に注目しながら、触媒のバリエーションを増やしていきたいです。TCO触媒については計算科学の専門家と共同で触媒活性の詳細についても解析を進めています。大事な要素が分かれば、それを次の触媒設計に生かすことができます。一方、すでに有機触媒によって合成できた有望な化合物のライブラリーがありながら、それを十分に活かしきれていない面もあります。合成して終わりではなく、有効性などを評価するため、製薬会社や薬学系・バイオ系の人たちとの連携を強化していきたいです。